トラウマとセラピー

前回お話ししたように、心が強いショックを受けた後に生じるストレス障害には特徴的な症状があります。

・その時の情景が何度もよみがえる-フラッシュバック
・体験を思い出させたり関係がある場所や状況を避けようとする-回避
・不眠や悪夢、強い不安など精神が不安定になる-過覚醒(極度の緊張状態が続くこと)

圧倒的で強いストレスとなる出来事を体験すると、人は自身を守るために一時的に感覚や感情を麻痺させます。
衝撃に心(精神)を破壊されないため、またパニックのような心の暴走を防ぎ命を守る行動を最優先するための仕組みです。
この自然な反応の結果として、フラッシュバック、回避、過覚醒のような症状が表れると「急性ストレス障害(ASD)」と呼ばれます。
苦痛をもたらす症状ではありますが、通常は一ヶ月以内に回復する一過性の障害です。
落ち着きや安定を取り戻す過程で、徐々に心の痛みに向き合って行けるようになり、辛さもいずれ和らぎます。
「恐怖や悲しみが過ぎ去った過去のものであること」「今は安全であること」を実感する、つまり、心から納得できることが回復の鍵になります。

心の痛みと向き合うプロセスはとても大切です。痛みから目をそらし続けると回復が妨げられ、心的外傷後ストレス障害(PTSD)へ移行しかねません。
そのためには、安心や安全を感じられる環境と、心の痛みをその人なりのペースで消化する時間が必要です。
この時期に、周囲に受け入れられ守られていると感じることは大きな助けになります。
辛さを分かってもらえたり、分かち合ったりする、グループワークや傾聴のサポートが回復を助けることは、よく知られています。

少し話がそれますが、「傾聴」は専門家だけでなく誰にでもでき、しかも飛び切り効果のある、とっておきの心理技法です。
方法はただ一つ、相手の話をあるがままに聴くことだけ。
一切の評価や判断をせずに、ただ話されるままに耳を傾ける技術です。実は、これは言うほど簡単なことではないのですが、それはまたの機会にお話しいたしますね。

話を戻しましょう。
通常は一定の期間を置けば回復する急性ストレス障害の症状が、持続しているケースを「心的外傷後ストレス障害(PTSD)」と言います。

PTSDと診断された場合、治療にお薬を用いることがあります。症状を軽減させたり、併発することの多い抑うつを改善したりすることで回復を促します。
PTSDの根っこには未消化のトラウマ体験があり、心理セラピー(心理療法、精神療法)の重要性が認められています。
トラウマ体験から時間がたった後まで持続する強い苦痛を、先にも書いた「過ぎ去った過去のもの」と納得する作業をやり直すのです(※他の理論に基づく有効なセラピーもあります)。

PTSDと診断されるのは、生命を脅かすような強いな恐怖や無力感を感じる戦慄的な体験をした場合です。一般には、自然災害や事故、事件や犯罪などを含みます。
そこまで強烈な体験でなかったとしても、その人が強いショックを受けることはあります。そうした体験もまた、トラウマとなり長く影響を残すことがあります。

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トラウマのうそ本当

「トラウマ(心的外傷)」はもともと心理用語ですが、今では普通に使われています。

身体と同じように、心も衝撃を受ければ傷つきます。
そして、身体と同じように、自分でその傷を癒すことができます。

生き物には、生まれ持った自然治癒力があります。小さな傷を作ったからと言って、通常は病院に行くことはありません。清潔に保護しておけばいつの間にか治っているものです。
同じように、ショックを受けて心が一時的に傷ついても、徐々に辛さは薄れ、やがて思い出すことも少なくなります。

大きな怪我をすれば、治癒までにかかる時間は長くなります。痛みや傷の程度によって日常生活にも影響が出ます。
心も、強いショックを受けて大きく傷つくと、すぐには回復できなくなります。同時に、日常生活に影響するような症状が出てくることが普通です。
特徴的な症状に、その時の情景が何度もよみがえるフラッシュバックや、体験を想起させる場所や状況を避けようとする回避、不眠や強い不安をもたらす極度の緊張(過覚醒)、があります。
この状態は「急性ストレス障害(ASD)」と呼ばれ、むしろ自然な反応です。また、強いショックの原因となった体験を「トラウマ体験」と呼びます。

急性ストレス障害は苦痛を伴う辛い症状ですが、急性とは一過性ということです。辛い時期を乗り越えれば、一ヶ月以内に回復します。

怪我をして出血がひどかったり、骨が折れていたりしたら、処置をして安静にしていなければ治りません。
心の傷にも同じことが言えます。ストレス障害からの回復には、安心できる環境と体験を自分なりに消化する時間が必要になります。

一ヶ月を過ぎても症状が治まらないことがあります。これが「心的外傷後ストレス障害(PTSD)」です。本来なら自然に回復するはずが、そう出来ずに苦痛が継続している状態です。

さて、少し記憶についてお話させてください。
何か出来事があると、人はその体験毎にカテゴリーと重要度を決定し、記憶として保存します。
記憶の重要度は、その時の感情の種類と強さで決まります。人によって感じ方は異なり、出来事の一般的な重要度ではなく、その人がどれだけショックを受けたか、が判断の基準になります。
ところが、ショックが大きすぎて、いわば感情の針が振り切れたような状態になると、その体験をうまく記憶に処理できなくなります。この反応自体は「防衛」という自然な作用です。
出来事の細部やその時の感情など、その場での様々な情報は、意味を持つ体験として統一されずバラバラの状態に留まっています(断片化と言います)。
断片であっても個々の情報がなくなる訳ではありません。そうしてストレス障害の症状が現れます。

断片化した情報がいつまでも断片のまま処理されずにいる、記憶にならない状態がPTSDです。
記憶にならない、ということは思い出せない、ということでもあります。記憶庫に保管されていない情報は引き出しようがないからです。
本当のトラウマ体験は、思い出すことができないのです。
大きな災害または事故や事件のような酷く辛い経験をすると、そこだけスポッと記憶が抜けていることも実は珍しくないのです。

体験が記憶になるとは、過去の出来事になる、と言うことです。
過ぎたこと、今はもう直接の影響を受けないことだからこそ、悲しみや痛みも、いずれ忘れることができます。
けれど、記憶になれなかった体験は、ずっと「今、ここ」のまま取り残されます。
PTSDの辛さは、苦痛を受けた体験を思い出すから湧いてくるのではありません。今、まさに起きた時と同じ苦痛を味わっているのです。

「忘れる」ことは、贈り物(ギフト)だと言われます。「忘れる」ことと引き換えに人の心は安定していられます。

ちょっと傷ついたり、驚いたりした時に、気軽に「トラウマになった」などと言ったりします。

本当のトラウマは思い出すことができません。
本当のトラウマは、ちょっと怖い存在です。

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